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●無限の学習時間を可能にするVOA放送
短波放送 VOA (Voice of America)
は世界中の人々が聞いているアメリカの国営放送である。インターネットを利用する場合には、http://www.voanews.com/
で直接聞くこともできる。VOA の中に、日本人の英語学習者には最適と思われる Special English (特別英語)
という英語による放送がある。語彙数が約1500語と限られ、スピードも普通の英語の約3分の2の100〜120語程度と遅い。毎日放送される VOA を聞いて listening
力をつけることができれば、いわば無限の学習時間が可能になるので、これを利用するのが賢明な学習法である。しかし、Special English
を聞くことが英語学習、特に日本人に不得意な listening
力を伸ばすことに通じるのであろうか。具体的にはどのような学習方法が考えられるのであろうか。また、その学習方法の信頼性はどのようにして実証できるのであろうか。
●自己学習の条件
コミュニケーション能力の習得を目標とするためには、膨大な英語学習時間を必要とする。もしそうであるとすれば、時間の限られた学校の英語教育内で膨大な学習時間をまかなえられるはずがない。となると考えられる方法としては
、他人の力を当てにしない自己学習しかない。この自己学習を支えるプログラムが自己学習プログラムである。市販プログラムの多くは、個人の力に依存する自己学習プログラムをねらったものであるが、それも大きく二種類に分けることができる。そのひとつはモチベーション作りに重点を置いた関心喚起型プログラムであり、もうひとつは客観的な事実に基づいた自然科学的発想のプログラムである。
ほとんどの市販プログラムは第一の関心喚起型プログラムに属するもので、利用者の学習意欲を刺激することによって学習を継続させようという方法を採る。学習効果や効率を科学的に計算したり、証明したりする代わりに、学習者をいかにも成功しそうだという気にさせることによって学習させることを目的としている。この種のプログラムのことは、だれもがすでに経験的に知っていることと思われるのでここでは改めて説明はしない。ここで扱うのは、客観的な事実に基づいた自然科学的発想のプログラムの方法である。
科学的自己学習プログラムはいくつかの条件を備えていなければならない。次にその条件について述べてみよう。なお、ここで具体的に想定している科学的自己学習プログラムとは、VOA 放送の Special English
によるニュース番組のディクテーション・プログラムである。
条件1:自己学習プログラムは無限の学習時間に対応できなければならない
英語学習を完成させるためには、100時間、200時間などの短時間は言うまでもなく、1000時間、2000時間、3000時間、さらには4000時間であっても、ある能力レベルに到達するまでの学習に耐えるプログラムが必要である。いわば無限の学習時間に対応できる必要がある。この条件を満足する市販プログラムはひとつもない。市販プログラムの用意する数の限られたテープ、またはCDではとてもまかない切れない学習時間だからである。これは「1000時間分の学習に匹敵する」といったものではなく、額面どおりに1000時間なり、2000時間の学習に対応するプログラムでなければならない。こうなると、テープとか
CD では到底対応することはできない。テープとか CD とかを買って学習するといった発想そのものから脱却しなければならないのである。
VOA 放送を利用する場合には、テープとかCD
のことについて心配する必要はない。黙っていても毎日放送される無限の素材を利用することができるからである。しかも VOA には、学習者に優しい
Special English による情報伝達を主体として考えられた番組がある。Special English
にはニュース以外にもいろいろな番組があり、それぞれ興味に満ちた話題を提供してはいるが、多少慣れてくると、やはりニュースが一番興味ある。少なくとも私にはそう思える。これはちょうど、毎日の新聞を読んでいても、翌日になるとまた飽きもせずニュース記事を読みたくなるのと同じことなのかもしれない。英語教材として見る場合は、目先の興味とか面白さに気をとられ、そちらに目を奪われることがあるが、情報を得るための手段としての英語という観点からすると、毎日のニュースは平凡ではあるが、それだけに一番飽きない存在となり得る。いずれにせよ、VOA
放送はアメリカ合衆国が地球上に存在する限り、なくなることはないはずである。そして、VOA
は無限の学習時間に対応できる学習材料を無尽蔵に提供してくれる貴重な存在である。
条件2:自己学習プログラムの学習方法は単純でなければならない
英語プログラムは、初級レベル、中級レベル、上級レベルなどといろいろなレベルを設けているのが普通である。また、それぞれのレベルに応じて異なった学習方法がとられるのも普通である。能力レベル別の学習方法があるというのは当然と言えば当然であるが、各レベル間であまり学習方法が異なると、それだけレベル間の共通事項が減り、学習が複雑になる嫌いがある。できればなるべく共通の学習方法をとるほうが、学習を分かりやすくする上からも望ましい。特に、指導者のいない自己学習プログラムの場合は、学習方法はできる限り単純でなければならない。よく、複雑な学習法を持ったプログラムのほうが優れているような錯覚に陥る傾向があるが、これは誤りである。学習方法は迷いがないように、できる限り単純にすることが自己学習の鉄則である。
ディクテーションという方法は昔からだれでも知っているために、VOA
のディクテーション・プログラムには、学習方法で戸惑うということはない。それほど単純明快である。一般に、ディクテーションというと古めかしいという印象を受けるかもしれないが(実は私も最初そう思っていた)、実験調査の結果は驚くべきものであった。たとえば、極端に英語能力の異なるTOEIC
875の受講者とTOEIC
220の受講者の二人が、まったく同一のディクテーション問題に取り組んだところ、それぞれの受講者がレベルに応じた成績を示したことである。普通であれば、これほど英語能力に差があると
、同一プログラムは使用できないのが当然である。ところが、予想に反して、同一プログラムを使うことができたのである。
TOEIC 875の受講者が満点に近い成績をとったのは予想できた結果であった。ところが、同じ問題をTOEIC
220の受講者が解答し、低いながらある程度の成績を示すことができ得たことは、私にとって驚きであった。このレベルの受講者ではおそらくまるで歯が立たないだろうと予想していたからである。具体的に言うと、TOEIC875の受講者のディクテーション正答率は98.2%であり、TOEIC
220の受講者の正答率は9.3%であった。普通は、これだけの英語の能力差があると、同一問題では評価のしようのないほどの差となり、成績差がこのように接近した数字では現れないものである。両者の正答率には確かに大変な差はあるものの、それでも同一の問題に取り組んでそれぞれの結果を数字で評価できたということは、ディクテーションがどの能力レベルにも適応できるプログラムであることを証明しているからに他ならない。ディクテーションをばかにしてはいけない。ディクテーションは古くて新しい優れた自己学習方法なのである。昔から使われてきた学習方法には注目すべき事実が秘められていたということは、まさに再発見であった。
ここで注目すべきひとつの発見は、学習方法が単純であるために、英語能力が低くてもある程度の時間をかければ、ある程度の成果が挙げられるということである。英語能力が高ければ、さらにもっと効率よく、しかもはるかに正確にディクテーションの作業を進めることができる。しかし、英語能力が低くてもまったくディクテーションという作業ができないわけではない。効率は悪いが作業はできるということである。たとえば、同じ単語を何度も聞けば、聞いた単語のいくつかは正しくディクテーションをすることはできる。辞書を使うことも許されているので、スペリングも正しく書けるかもしれない。これらはいずれも正答率に寄与する。英語能力の高い受講者は1回さっと聞いただけで、5
、6語ぐらいは軽く記憶でき
、一気にディクテーションすることができる。となると両受講者の大きな違いは、時間の使い方にあることが分かる。別な言い方をすれば、英語のスピードに対する慣れの違いである。英語能力が高ければ一度で簡単に英語のスピードについて行くことができるが、英語能力が低ければ何度も何度も聞かなければ英語のスピードについて行くことができない。このスピードのついて行けるか行けないかが英語能力の差となって現れることが分かる。
VOA のディクテーションの実験調査では、121人の能力レベルを、一方では TOEICで評価し、他方ではディクテーションの正答率で評価した。そして、その二つの評価の相関をとったところ、見事な相関関係を示した。
●英語プログラムの信頼性を検証する方法
VOA
のディクテーション・プログラムが優れた英語学習プログラムであるかどうかを検証するために、次のような実験を行った。
まず、いろいろな英語能力レベルの被験者 129 人に TOEIC を受けてもらい、例外的なパターンを示した8例を除いた 121
人に、Special English による10分間の VOA ニュースを 60 分かけてディクテーションをしてもらった。TOEIC
スコアの結果は、最高点者が 890、最低点者が 220
であった。各被験者はそれぞれに支給されたテープレコーダーを用いて、何度でも繰り返してテープを聞き直すことができる。辞書を使って、スペリングと意味のチェックをすることもできる。60分間のディクテーションが終わると、次に 75分かけて浄書してもらった。この時はテープレコーダーと辞書を使うことは許されなかった。
この実験の目的は、被験者の TOEIC スコアとディクテーション正答率との間にどのような相関関係があるかを調査することである。もし
TOEIC スコアとディクテーション正答率との間に高い相関があるとすれば、VOA ディクテーション・プログラムは、TOEIC
同様、英語能力を正確に評価測定できることが証明されたことになる。それと同時に、このプログラムを使って効果的に学習すれば、英語能力を伸ばすことができることが予測される。つまり
、学習方法が簡単でもあるので、自己学習プログラムとして適していることが証明されることになる。これとは逆に、TOEIC
スコアとディクテーション正答率との間の相関関係が低かったとすると、英語学習プログラムとしての価値は低いということになる。
実験結果の相関関係は次のとおりであった。(実験の詳細はこちら)
TOEIC-L(Listening)
とディクテーション正答率との相関係数 0.830
TOEIC-R(Reading)とディクテーション正答率との相関係数 0.825
TOEIC-T(Total)とディクテーション正答率との相関係数 0.872
正直言うと、当初はこのような結果が出るとは思ってもみなかった。実験以前に何となく感じていたことは
、ディクテーションというのは耳から聞いた英語を書き取るという作業を意味しているので、当然 Listening との相関が高く、Reading
との相関は無視できるくらいに低いのではないかと思っていた。ところが、予想に反して Reading との相関は高く、Listening
との相関 0.830 とほぼ同じ 0.825 という高さを示した。Listening と Reading
の二つの要素を包含したTotalとの相関係数は 0.872を示した。別の言い方をすれば、VOA ディクテーションの学習をすれば、単に Listening
の学習だけではなく、もっと広く英語運用能力全体を引き上げるための学習に通じるということが分かったのである。これは大発見であった。
しかし、考えてみればこれは当然のこととも言える。なぜなら、ディクテーションとは、単に物理音としての言語音を聞いて書き取る作業ではなく、絶えず言語音と意味とを対比させながら英語を書き取る作業であるからである。この作業を正確にできる人は
Listening スコアが高く、正確度が低い場合には Listening
スコアが低くなるのは当然である。つまり、ディクテーションは単なる物理音の聞き取り作業ではないのである。たとえば、三単現のs、冠詞・前置詞などの弱音、弱音節の発音を聞き取るためには、単に物理音としての弱音を聞き分けようとしてもできるものではない。弱音を聞き分けるためには、他の強音との結合によって弱音識別が可能になるのであり、また文脈(意味)との関係によって弱音が特定でき得るのである。弱音だけ聞いて識別できるものではない。これは
Reading とも共通している。むしろ Reading のほうがさらにはっきりした形で現れる。
ディクテーションの結果を最終的に浄書する段階では、絶えず語形と意味との関係を確かめながら作業を行っていく。語形と意味との結びつきは、英語を書くというディクテーション作業の場合には
、さらに正確さが要求される。Listening
であれば、意味が分かれば語形まで細かく要求されることはない。しかし、Reading
の場合には、細部にわたって正確でなければならない。文法の知識ももちろん必要となる。いずれにせよ、耳で聞いたものをさらに目で見て、意味を文字英語で最終的に表現するので
、ディクテーションの結果は
Listening とも、Reading とも深く関係するのである。
●スピード克服が英語学習の大きな一歩
前節ではTOEICスコアとVOAディクテーションの正答率との相関関係は非常に高いものであり、これはVOAディクテーションが自己学習教材として優れていることを証明するものであることを述べた。ここでは、この調査の過程で得たもう一つの大きな発見について述べてみたい。
実験に用いたSpecial English
Newsは10分間、11項目から成るニュース番組であり、ディクテーションのために与えられた時間は60分であるので、テープの6倍の時間内でのディクテーション作業が要求されるわけである。121人の被験者のVOAディクテーション正答率を、高いものから低いものへと並べてみると、正答率の高い被験者の場合には、11項目すべてのニュース項目についてディクテーションを行っていた。具体的に言うと、90%以上の正答率を示した被験者7人は、すべての項目に手をつけていた。しかも、最後の11項目のニュースでも全員がほぼ90%の正答率を示している。しかし、当然のことながら、全体の正答率が低くなるにつれて、ディクテーションを行ったニュース項目数は次第に減ってくる。そして全体の正答率が37.4%以下の被験者27人の場合には、11項目中6項目以上にまったく手をつけていないことが分かった。このレベルの英語能力では、何度も何度もテープを聞き直すために、60分という規定時間では作業時間が足りないということである。これは、英語能力の高い者は低い者より多くの英語を処理できるということを意味しているので、その限りでは当然のことである。何ら不思議ではない。
しかし、ちょっと視点を変えてみると、ここには大変重要な事実が隠されていることが分かる。それは「英語能力の高い者は英語のスピードに対応して適切に処理できるが、英語能力の低い者はスピードについて行けないために正答率が低くなる」ということである。もっと分かりやすい言い方をすれば、英語を聞くにしろ読むにしろ、「英語理解にはスピードが重要なカギを握っている」ということである。
口語英語のスピードについていけないとか、英語を日本語のように速く読めないということは、経験的には誰もが知っている事実である。たとえば、入学試験とか期末試験などでは、英語を理解するための時間はたっぷり与えられるのが普通である。これは授業中でも同じで、時間に対しては相当寛容なのが従来の日本の英語教育であった。これは、従来の英語教育では、正確に英語を理解することが重視されすぎ、多少の間違いはあっても速く理解することの重要さが軽視されたための結果である。ところが現実社会では、正確な理解は多少犠牲にしても、相手の話していることとか、ラジオ・テレビ・映画などの英語を大筋で理解することが要求される。つまり、スピードについて行くことが要求される。本を読んだり、新聞を読んだり、手紙やインターネットの英語を読む場合も同様である。
実社会では、学校では考えられないくらいのスピードで英語を理解することが要求される。フランク・スミスというアメリカの心理言語学者によれば、子供がreadingを学習するときにも、ある程度のスピードで読む必要があると述べている。しかもそのスピードとは毎分200語程度のスピーであると言う。これはかなり速い。通常の英語ニュースを読むアナウンサーの速さにほぼ匹敵する。VOA
Special
Englishの2倍近い速さである。スミスはその理由を、「あまりゆっくり読んでいると、せっかく読んで得た情報が次々と記憶から消えてしまうからである」と述べている。そして次のように結論づけている。
A child who has to read letter by letter, or even word by word, has
very little chance of comprehending. (.Frank Smith: Understanding
Reading, 1971, .226)
「文字や単語を一つずつ追って読む子供は意味を理解することが難しい」
スピードを下げると意味の理解に障害を引き起こすということである。時間制限のないreadingでも意味を理解するためにはスピードが必須だとすれば、時間に縛られたlisteningでスピードが必要なのは言うまでもない。Listeningにとってスピードは生死を分ける重要な要素であることを忘れてはならない。スピードの遅い
reading は reading としての機能を果たさず、繰り返し聞かなければ理解できない listening は listening
ではない。つまり、従来の英語教育の「正確な理解」だけに焦点を当てた教授法は誤りと言える。これからは「スピードを伴った理解」
へと学習目標を変更しなければならない。
一般的に、「英語能力が高いか低いかは、特に実用レベルに達しているかどうかはスピードについて行けるかどうかによって決定される」
と言うことができる。逆に言えば、英語能力を高めるためには、英語の実用的なスピードを身につけなければならないということである。英語学習の観点からすれば、英語を正確に理解するというだけの訓練ではなく、少なくともそれと同等
、またはそれ以上の時間をかけて、実用レベルのスピードに慣れる訓練を重ねなければならない。
検証実験の詳細 [別窓(別ウィンドウ)で開きます]
listening教材の選択とその理論的根拠 三枝幸夫
PDF [792KB]
抜粋 語研フォーラム第8号 1998 早稲田大学語学教育研究所
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